青木みのり(招待アーティスト)インタビュー

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挫折も多かった大学院時代

画家を目指された経緯について教えてください

 小さい頃から絵を描くのが好きで、そのまま中高と美術部で活動していました。大学も、県内にある貴重な美大だし、好きな絵を沢山描ける!と思って受験しました。本格的に画家としてやっていこうと思ったのは、大学院修了後です。好きなことをこれからも続けていきたい、2年間いろいろ悔しい思いをしたのでこのまま終わりたくない、など、色々な感情が入り混じっていました。

差し支えなければ「悔しい思い」について話せる範囲で教えていただけますか? 公募に落とされまくったとか・・・

 公募にも奨学金にも落ちました。「とにかく制作」だった学部時代とのギャップもかなりあり、作品をうまく言葉にすることができず、そもそもコンセプトの確立もできず、これで良いのだろうか?と悩んだ2年間でした。

東北芸術工科大学ではどんな勉強をされていましたか?

 学部の頃は制作が中心でした。大学院ではいわゆるアートの「コンテクスト」について学んだり、作品のテーマやコンセプトの言語化を実践していました。当時、作品を言葉にすることについては、学部の頃と目指す方向性が違いすぎて、なぜ?と思っていました。今思い返すとアーティストとして必要な訓練だったと思います。学部時代から、チュートリアル(課外活動)の「東北画は可能か?」に参加していて、この活動は今でも続けています。

なるほど。特に外国の公募で条件が良いものは文章も山ほど書かされますからね。でも青木さんの鳥小屋プロジェクトへの応募の書類は外国からの応募者と並べてもかなりレベルが高いものだったと思います。ちなみに「東北画」とはどういったものですか?

 2009年に東北芸術工科大学で日本画コースの三瀬夏之介先生と、洋画コースの鴻崎正武先生(現女子美術大学教員)によって旗揚げされた、東北におけるアートのあり方を模索するチュートリアルです。チュートリアルとは、芸工大独自の教員主導による課外活動のことです。

 ここでは個人の制作だけではなく、共同制作も行います。私は学部2年次から参加し、今でもたまに遊びに行っています。私は制作の前段階としてよく「現場リサーチ」を行うのですが、これは東北画の影響がかなり大きいです。学生時代も、福島の喜多方や山形の蔵王を、メンバーと一緒に制作に向けてリサーチしていました。

「万世障壁」 綿布にジェッソ、アクリル 1960×1580mm 2022 年

「東北画」の活動から現在のテーマにたどり着く

現在のテーマはいつ頃から取り組んでおられますか? また、現在のテーマにたどり着いた経緯について教えていただけますか?

 きっかけはいくつかあります。一つ目は、大学院時代に「蔵王が噴火するかもしれない」というニュースが流れたことです。確か2015年頃だったと思います(結局噴火しませんでしたが)。「自然は生きているし、それによって人間が不利益を被ることもある」と考えるようになりました。

 アーティストステートメントに『実家の裏手の山は、まるで外界との交流を拒む壁のように立ちはだかっていました。実際に物資や情報の到達は都市部に比べるとだいぶ遅く、閉塞感が強い環境でした。冬は雪に覆われ、自由に出歩くことも厳しくなり、家に籠る日々が続きます。自然豊か、といえば聞こえは良いのですが、そういったしんどさと隣り合わせの日々でした。』と書きましたが、この辺りも「不利益」の一種であると思っています。

 二つ目は、「東北画は可能か?」のメンバーと一緒に、陸前高田のレジデンスに参加したことです。2019年です。震災被災地を訪れたのは、実はこの時が初めてでした。かつての街が姿を消し、真新しい建物が並ぶ陸前高田の姿は衝撃的でした。この頃から「山形は災害が少ないって言われるけれど、それって本当なのか?」と考えるようになりました。

 前述した蔵王も災害リスクですし、雪は「雪害」ですし、最上川も治水の歴史の繰り返しです。「震災後も海と共に生きる陸前高田の人々を見て、「不利益」から一歩踏み込んだ「災害」「暴力性」、またその先の「克服」や「自然との共生」ついても、表現したいと思うようになりました。こういった経緯が、今のテーマに繋がっています。

山形県で生まれ育ったとのことですが、他の土地に住まれたことはありますか?

 ないです。が、レジデンスや合宿で他の土地に短期滞在するという経験はいくつかあります。直近では7月に宮崎県のレジデンスに参加し、そこで10日間過ごしました。至る所に生えている南国植物、青い海、大雨…と、貴重な体験が詰まった10日間でした。

「NAMAZU Works #1」 パネル、アクリル 388×455mm 2023 年

自然の話に戻りますと、青木さんは日本の自然をテーマにしておられる、ということなのでしょうか? それとも自然の恐ろしさや美しさを普遍的に扱っておられるということでしょうか? 

 後者の方が近いと思います。

青木さんにとっての自然というのは、例えば旧約聖書のイサクの燔祭のエピソードにおける神のような、なんらかの人格を備えているようにも思えるものですか? それとも人間のようなものとは全く別の、例えばエヴァンゲリオンに出てくる使徒のようなものですか?

 以前、山に目や口を描いていた時期は前者で捉えていたと思います。擬人化的な。最近は後者だと思っています。うまく言えないのですが、擬人化出来そうで出来ない、もっと壮大なものというか…そのように捉えています。

今回、一緒にアーティスト・イン・レジデンスをされるナディン・バルドウさんもヨーロッパアルプスの山の麓で木工職人の修行をされて、自然と人間との関わりをテーマにしておられますが、アイルランドやアイスランド、スロベニア、リトアニア、インド、そして今回の広野など世界各地で滞在制作をしておられます。もしもバルドウさんが以前に滞在されたリトアニアの羊飼い小屋での滞在制作に招待されたら、行きますか?

 ぜひ行ってみたいです!! ただし治安と語学が不安です。

これはフラグが立ちましたね。

 立ちましたね!!

青木さんのアーティスト・ステートメントを拝読すると、エドマンド・バークやカントが論じた「崇高」の概念に近いものを感じますが、西洋のロマン主義絵画や美学が取り組んだ「崇高」や廃墟美と、青木さんのテーマとの共通点や違いについて教えてください。

「抗えないもの・敵わないもの」として自然を捉え、そこに畏怖を感じているのが「崇高」との共通点ではないかと思います。違いを言葉にするのは難しいのですが、やはり私は日本人なので、それらに加えてアニミズム的捉え方をしているような気がしています。また、自然は「抗えないもの・敵わないもの」として扱いつつも、それでも技術を駆使することで乗り越えることができる、とも思っています。

乗り越えるというのは、英語でいうとget overとかovercomeのような、勝負に勝つようなイメージですか? それともnegotiateのような、なんとか共存したり、お互いを利用する関係を築いたりというようなイメージですか?

 気持ちの上ではget over & overcome 、結果はnegotiate のイメージです。例えば私はダムや高速道路といった土木建築物が好きなのですが、これらは自然という「抗えないもの・敵わないもの」に対してのnegotiate、どうにか共存している状態であると捉えています。ただし、それらが作られるまでの過程や、プロジェクトに携わる人々の思いとしては、get over であり overcomeではないか、と考えています。

「いくつ崩れて」 パネル、アクリル 727×2334mm 2022 年
「動くこと⼭の如し」 ケント紙、アクリル、ラメ、メディウム 585×800mm 2022 年

鴻池朋子、エヴァンゲリオン、内藤正敏、都市伝説などの影響も

日本画や油絵ではなくアクリル絵画を主に描いておられる理由について教えてください。

 比較的新しい絵具であり、画材が持つコンテクストに囚われることなく、制作テーマそのものに集中して制作できるためです。また、メディウムを駆使することで、表現の幅が広がるのも魅力だと思っています。最近はグロスポリマーメディウムを使ってラメをコラージュしています。

これまでに強く影響を受けた画家を教えてください

 鴻池朋子さんが好きです。高校時代に日曜美術館で「インタートラベラー展」の宣伝をやっていて、当時現代アートについて詳しくなかったのですが、作品と世界観に引き込まれ、どういう作家さんなんだろう…と調べた記憶があります。結局インタートラベラー展は見に行けず、その後学生時代に「根源的暴力」展で初めて生で作品を見ました。表現、自然観、「地元」と作品の繋げ方など、かなり影響を受けています。また岡本太郎も好きです。とにかく作品が格好良いと思っています。「怖さ」や「不気味さ」の表現としては、ベクシンスキーに影響を受けていると思います。

なるほど。20世紀や21世紀の欧米の現代アートよりは、日本のアーティストの影響が強いようですね。

 そう思います。

では「怖さ」や「不気味さ」を青木さんが絵にするときに、日本の様々な妖怪やモンスターの絵、古くは日本画や浮世絵、近現代であれば水木しげるや「進撃の巨人」のようなマンガの影響はありますか?

 あります。妖怪や幽霊が描かれた浮世絵に関しては、全般的に影響を受けていると思います。また妖怪は出てきませんが、九相図や地獄絵も「怖い絵」だと思っています。アニメだと「もののけ姫」や「エヴァ」の影響が大きいと思います。ヴィジュアルの話ではなくなりますが、オカルト、伝承、都市伝説が好きなので、その辺りからも影響を受けているのかな〜とも思います。例えば「ヤマノケ」「くねくね」等のネットミームなどからも影響を受けているかもしれません。

「出⽻國⼤物忌災禍ノ話」 綿布にジェッソ、アクリル 3050×1955mm 2021 年

それと、青木さんの作品にはフェミニズム的なものがあるような無いような、ポートフォリオを拝見した限りではどちらとも言えるような気がしますが……「雨産み」とか。

 フェミニズムはそこまで強く意識してはいないのですが、昔から日本では山は女の神様という考え方があったので、そこは意識しています。そのうえで、あえて山とか自然を「無性」として描写しています。あと個人的な思想として、男も別に産んでくれてええんやで…ってのもあります。

それは面白い考え方ですね。となると、エコフェミニズム的な表現というわけではない?

 なんなら無性でも産んでええんやで…ってのもあるかもしれません。男女問わずこの話すると引かれますが。

それを伺った後で青木さんの作品を見ると、単なるエコフェミニズム的絵画として見るより遥かに面白いです。

 ありがとうございます。

画家以外で強く影響を受けたものがあれば教えてください

 写真家ですが、内藤正敏先生の影響はあると思います。学部1年、入学したばかりの頃、芸工大の7Fギャラリーでの展示を観た記憶があります。内藤先生ファンの父親から「観てこい」と言われ、事前情報なしのまま7Fに行き、なんかすごいものを観てしまった…、と圧倒されました。

なるほど。となると石川直樹さんとか……

 石川直樹さんも好きです。

登山などのアウトドアアクティビティはしておられますか?

 本格的な登山は、ここ数年忙しくてなかなか行えず。3年前に先輩の案内で月山に登ったのが最後になります。月山の登山道はなだらかで登りやすいのですが、石でできている道が続き、登りはともかく下りで膝が壊れました(涙)でも頂上の景色は最高でした。軽いトレッキングであれば、今年8月に磐梯山に行ってきました。地元の方の案内で噴火口まで登りました。赤茶けた崩壊壁と緑の木々の対比が印象的でした。

ありがとうございました。広野でお会いできるのを楽しみにしています。