日本語
はじめに
広野町アーティスト・イン・レジデンス「鳥小屋プロジェクト」(以下「鳥小屋プロジェクト」)は東日本大震災からの被災地の復興を目的として設置された復興庁の予算によって実施される、アーティスト・イン・レジデンスのプログラムです。
このプログラムの目的は、現代アートを通じて広野町の復興を促進することにあります。
特に鳥小屋プロジェクトが重視しているのは、広野町を訪れる人、広野町に住む人を増やしていくということです。
アーティスト・イン・レジデンスとは
アーティスト・イン・レジデンスとは、さまざまな分野のアーティスト(たとえば画家や彫刻家、写真家、映像作家、詩人、小説家、音楽家など)がどこかの土地に一定の期間、滞在して、そこで地域の人々と交流したり地域の自然を経験したりしながら、作品づくりに取り組むプログラムのことです。
アーティスト・イン・レジデンスは現代アートの分野で盛んに行われています。特に現代アーティストになりたての人たちは、このようなプログラムに幾つも参加して経験を詰み、良い作品をつくって、現代アーティストとして成長していくのです。
現代アーティストとしての武者修行の場がアーティスト・イン・レジデンスなんだと考えていただければ幸いです。源義経の鞍馬山、坂田金時の足柄山、坂本龍馬の江戸のようなものかもしれません。大事なのは、アーティスト・イン・レジデンスで修行するのは広野町にやってくるアーティストだということです。広野町の皆様には、滞在するアーティストを暖かく育ててあげていただければと思います。
(お隣のいわき市には、そうした前例があります)
そして、アーティスト・イン・レジデンスの中にも、とても有名なプログラムがあります。世界中の現代アーティストが、あそこで修行したいと憧れるようなアーティスト・イン・レジデンスです。
鳥小屋プロジェクトも、いつかそうなれば良いですよね。
現代アートとは
美術の教科書に出てきた西洋の芸術家たち、たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチやルノワールやピカソといった人たちの後をつぐような形で、色々な作品をつくっている人たちのことを、現代アーティストといいます。そういう人たちがつくった作品のことを、現代アートと呼んでいます。
レオナルド・ダ・ヴィンチが1503年に描いた油絵。「聖アンナと聖母子」
ルノワールが1883年に描いた油絵。「傘」
ピカソとカール・ネスジャーが1970年に共同制作した彫刻。「シルヴェッテ」
現代アートには昔ながらの絵や彫刻だけでなく、写真や動画、パフォーマンス、そして空間をデコレーションした「インスタレーション」と呼ばれるものなど、色々な形式があります。
レアンドロ・エルリッヒの2014年のインスタレーション作品。「反射する港」
レアンドロ・エルリッヒの2018年のインスタレーション作品。「教室」
現代アートの作品には一見すると奇妙なものもありますが、有名作家の作品ともなると何千万円、何億円といった高額な値段で売り買いされています。
現代のアートと、「現代アート」のちがい
では、たとえばわたしたちが学校の美術の時間に描いた絵や、趣味でつくった陶芸作品や、スマートフォンでインターネットに投稿している写真と、「現代アート」は何がちがうのでしょう? ああいうのもアートであることは間違いないですし、わたしたちも現代の人間ですよね。
実は、わたしたちがつくる作品も「現代アート」になることがあります。
その仕組みはこうです。
さきほど「現代アートとはレオナルド・ダ・ヴィンチやルノワールやピカソの後をつぐような形で」と書きました。レオナルド・ダ・ヴィンチやルノワールやピカソはみな、西洋の芸術家です。西洋では、200年くらい前から、芸術家のための学校を作って、そこで自分たちの芸術の歴史や仕組みを学問として研究するようになりました。
そして、西洋の芸術家は、学校で芸術の歴史を勉強して、その上で「私の作品はこれまでの芸術の歴史と、このようにして結びついています」と説明しなければならなくなりました。
芸術を学ぶ学校は、やがて美術大学とか芸術大学と名乗るようになりました。今では日本にも沢山あります。ですから、日本にも現代アーティストは沢山います。
さて、さきほどの疑問に戻りましょう。
わたしたちがつくる作品は「現代アート」になるのか、ならないのか。
実は、学校で芸術の歴史を勉強した人が、わたしたちの作品について「これは芸術の歴史にこうやって結びついている作品です」ということを説明してくれれば、わたしたちの作品も「現代アート」になるのです。この説明をする人は学者さんでもいいですし、学芸員さんでもいいですし、もちろん現代アーティストでもいいのです。
だから、広野町のアーティスト・イン・レジデンスにやってくる現代アーティストと一緒にわたしたちが作る作品は、「現代アート」になるというわけです。
アーティスト・イン・レジデンスでは、現代アーティストに何をしてもらうのか
福島県の浜通りには「鳥小屋」という伝統的な風習があります。
あらためてご説明するまでもないかもしれませんが、竹や枯れ枝で小さな小屋を作って、そこでみんなで集まって飲み食いをして、翌日にはお札や飾りと一緒に燃やしてしまうというものです。
左義長とかどんど焼き、塞の神と呼ばれるものの一種ですね。
もとは平安時代に京都御所で行われていた神事が、鎌倉時代に各地に伝わったのではないかと考えられています。浜通りの「鳥小屋」は、ご存知のように小屋を作ってそこで子どもたちが食事をしてから火をつけるというもので、雪が多い地方のカマクラや、農作物を食べる害獣を追い払う鳥追いの風習も混じっているようです。
ところがこの「鳥小屋」は他の地方の左義長に比べると全く知られていませんし、左義長そのものも海外ではほとんど知られていません。
そこで、この「鳥小屋プロジェクト」では、広野町の左義長である「鳥小屋」をテーマに現代アーティストに作品をつくってもらって、それを世界に向けて発信し、広野町の「鳥小屋」を見に来てもらうきっかけにしようと考えています。
アーティスト・イン・レジデンスをすることで、広野町に何が残るのか
作品が残ります
「鳥小屋」そのものは燃やしてしまいますから残らないのですが、「鳥小屋づくり」を記録した作品は残ります。これらの作品はインターネットを通して世界に発信され、広野町に興味を持ってもらうきっかけになるはずです。
もしも広野町に来てもらった現代アーティストが将来とても有名になったとしたら、広野町もまた有名になります。
たとえばセザンヌという画家が繰り返し描いたことで世界的に知られるようになったサント・ヴィクトワール山や、ゴッホが繰り返し描いたことで有名な跳ね橋があります。
子どもたちの経験が残ります
もう一つ、わたしたちが大事だと考えているのは、子どもたちが現代アーティストと一緒になって作品を作る経験です。
現代アートは、わたしたちが当たり前と思い込んでいるものを「それって本当に当たり前なんでしょうか?」と見直すところから始まります。当たり前のものはAIがつくってしまうこれからの時代、当たり前そのものを見直して何かを作り上げる経験は、広野町の子どもたちの貴重な財産になるはずです。
運営ノウハウも残ります
さらにもう一つ。
普通のアーティスト・イン・レジデンスでは、招待する現代アーティストを選ぶのも、やってきた現代アーティストとあれこれやり取りするのも、美大や芸大で芸術について勉強した人たちです。審査員にこんな偉い先生方がいますよ、ということが売りになっているようなアーティスト・イン・レジデンスもあります。ウェブサイトの一番目立つところに「プロデューサー」の名前が書かれているようなアーティスト・イン・レジデンスもあります。
ですが、「鳥小屋プロジェクト」は違います。このアーティスト・イン・レジデンスでは招待する現代アーティストを選ぶのも、やってきた現代アーティストとあれこれやり取りするのも、子どもたちを含めた広野町の皆さんです。
こうすることで、「誰か特定のわかっている人、美大で勉強してきた人だけがアーティスト・イン・レジデンスを運営できる」のではなく、「地域住民がアーティスト・イン・レジデンスを運営できる」ようにしていこうと考えています。
地域のお祭りってそういうものですよね?
みんなが何となくやり方をしっていて、毎年それで続いていく。
いつの間にか子どもたちが次の世代のお祭りの担い手として成長している。
そのために、「鳥小屋プロジェクト」では広野町の老若男女の住民の皆さんに、現代アーティスト選びから中心になっていただこうと思っています。
(大学や大学院で芸術についてきちんと勉強してきたスタッフもおりますので、ご安心ください。でも、主役はあくまでも現代アーティストと広野町の皆さん。スタッフは目立たないガイド役に徹します。そして広野町での役割が終われば、そっといなくなります)
ENGLISH
Preface
The Hirono Town Artist-in-Residence TORIGOYA Project is an artist-in-residence program funded by the Reconstruction Agency, which was established to help rebuild the areas affected by the Great East Japan Earthquake. The purpose of this program is to promote the reconstruction of Hirono Town through contemporary art. The AIR Project places particular emphasis on increasing the number of people who visit and live in Hirono Town.
What is Artist in Residence?
Artist-in-residence is a program in which artists from various fields (e.g., painters, sculptors, photographers, filmmakers, poets, novelists, musicians, etc.) stay in a certain place for a certain period of time and work on their artwork while interacting with local people and experiencing the local nature.
Artist-in-residence programs are popular in the field of contemporary art. Especially for those who have just started their careers as contemporary artists, they participate in a number of such programs to gain experience, create works of art, and grow as contemporary artists.
There are the very famous artist-in-residence programs oversea. It is the kind of artist-in-residence that contemporary artists from around the world yearn to train there. We hope TORIGOYA project will be like that someday.
What is Contemporary Art?
Contemporary artists are those who have followed in the footsteps of Western artists such as Leonardo da Vinci, Renoir, and Picasso who appeared in textbooks of art we used in middle and high schools, and have created a variety of works. We call the works created by them contemporary art.
Oil painting by Leonardo da Vinci in 1503. The Virgin and Child with St. Anne.
Oil painting by Renoir in 1883. The Umbrellas.
Picasso and Carl Nesjar collaborated on this sculpture in 1970. “Sylvette.”
Contemporary art comes in many forms, including not only traditional painting and sculpture, but also photography, video, performance, and what are called “installations” that decorate a space.
Leandro Erlich’s 2014 installation work. “Port of Reflections”
Leandro Erlich’s 2018 installation work. “The Classroom”
Some works of contemporary art may look strange at first glance, but works by famous artists are sold and purchased for tens or hundreds of millions of yen.
Difference between recently created artworks and Contemporary Art
So, what is the difference between “contemporary art” and, for example, the pictures we drew in art class at school, the ceramic works we made as a hobby, or the photos we post on the Internet using our smartphones? There is no doubt that such things are art, and we are also modern human beings.
In fact, the works we create can also be “contemporary art”.
Here is how it works.
We wrote that “contemporary art is following in the footsteps of Leonardo da Vinci, Renoir, and Picasso”.
They were all Western artists. In the West, about 200 years ago, they started to create schools for artists, where they studied the history and structure of their art as a discipline.
And Western artists had to study the history of art and then explain, “My work is connected in this way to the history of art so far.
Schools for studying art eventually came to call themselves art schools. Nowadays, there are many of them in Japan. So, there are many contemporary artists in Japan.
Now, let us return to the previous question.
Can the works we create be “contemporary art” or not?
In fact, if someone who has studied the history of art in school explains about our work, “This is a work that is connected to the history of art in this way,” then our work becomes “contemporary art”! WOW!
This explanation can be given by a scholar, a curator, or of course a contemporary artist.
Therefore, the work we create with the contemporary artists who come to Hirono for the TORIGOYA artist-in-residence program becomes “contemporary art”.
What the contemporary artists will do in our town?
There is a traditional custom called “torigoya” in Hamadori, Fukushima Prefecture.
We probably don’t need to explain it, but it involves building a small hut out of bamboo and dead branches, where everyone gathers to eat and drink, and the next day, the hut is burned along with the fulus and decorations for new year.
It is a kind of what is called “Sagicho,” “Dondoyaki,” and “Sai no Kami”.
It is believed that the ritual was originally held at the Kyoto Imperial Palace during the Heian period (794-1185) and was introduced to various parts of Japan during the Kamakura period (1185-1333). Torigoya in Hamadori, as you know, is to build a hut in which children eat their meals and then light a fire, and it seems to be mixed with the custom of kamakura in regions with a lot of snow and of chasing birds away that eat farm products.
However, this torigoya is not at all as well known as other regional sagicho, and sagicho itself is hardly known outside of Japan.
Therefore, in this project, we would like to have contemporary artists create a work of art on the theme of TORIGOYA, which is Hirono-cho’s sagicho, and to present it to the world as an opportunity for people to come and see Hirono-cho’s torigoya event.
What will remain in our town as a result of the program?
Works of Contemporary Art
TORIGOYAs will not be left behind because it will be burned, but the works documenting the “TORIGOYA” will remain. These works will be shared with the world through the Internet, and will be an opportunity for people to become interested in Hirono Town.
If the contemporary artists who came to Hirono Town become very famous in the future, Hirono Town will also become famous.
For example, there is Mount Sainte-Victoire, which became world famous because it was repeatedly painted by the artist Cézanne, and the famous drawbridge, which was repeatedly painted by Van Gogh.
Young people’s experience and knowledge will remain
Another thing we consider important is the experience for youth to work together with contemporary artists to create artworks.
Contemporary art begins by taking what we take for granted and asking, “Is that really the norm?” In the coming age when AI will create what is taken for granted, the experience of reviewing and creating something that is taken for granted itself will be a valuable asset for the children of Hirono Town.
Operational know-how will also remain
One more thing.
In ordinary artist-in-residence programs, it is the people who have studied art at colleges and universities who select the artists to be invited and who interact with the artists. Some artist-in-residence programs are marketed as having such distinguished professors, critiques, or curators on the jury. There are also artist-in-residence programs where the name of the “producer” is prominently displayed on the website.
TORIGOYA Project, however, is different. In this program, it is the people of Hirono Town, including the children, who select the artists to be invited and who communicate with the artists.
In this way, we are trying to make the artist-in-residence program “run by local residents,” rather than “run by someone who has studied at art school.”
That’s what local festivals are all about, isn’t it?
Everyone somehow knows how to do it, and it goes on year after year.
Before you know it, the children have grown up to become the next generation of festival leaders.
For this reason, we would like to have the residents of Hirono, young and old, male and female, play a central role in the TORIGOYA project, starting with the selection of artists.
Please be assured that we have a staff member who has studied art at university and graduate school and has Ph.D. However, the main actors will be the contemporary artists and the residents of Hirono Town. Our staff will play a discreet guiding role. And when our role in Hirono Town is over, we will quietly disappear.